当店のお宝発見

まるで冷泉家の様だった。

スタッフののぞみさんがある棚を開けるとそこに山の様な

インドの三角錐のお香、ミラ香が隠れていた。

又奥の空かずの箱を開けると又もや多量の銀のピアスやイヤリング、

ブレスレッド等が出て来た。

余りの多さに店内に置けないのが悩みです。

佐藤君の送別会

4月から網走市の北方民族博物館の学芸員に就職する

佐藤君の送別会が昨夜当店で行われた。

皆から網走の冬は寒く酒を飲む位しか無いと云われていたが

大丈夫、彼は酒処秋田の出身で大酒飲みだからだ。

実家から下北を通り函館から北海道を縦断して網走に行くそうです。

飯坂温泉に至らず

前回は遅く起きた為に阿武隈急行を使って福島止まりになった。

今回は少し早く起き阿武隈急行と飯坂線を乗り継いで飯坂温泉に

行き温泉に浸ろうと思った。

仙台駅に着いたら何と強風の影響で30分程遅れていて槻木に着いたら

阿武隈急行は定刻通りに出てしまっていて槻木で40分待つ事になる。

途中舘越で飛行機が飛びあがっているのが見えた。

帰りも東北線は本数を減らしていて時刻も分からないという。

仕方無く高速バスで帰る。

阿武隈急行、飯坂線、高速バスは定刻運行しており飛行機も飛んでいるのに

JRだけは極端な間引き運行している。

果たして民営になったのが良かったなのだろうか。

13日の河北新報に高橋さんが阿武隈急行に付いて載せていて千賀さんが2部

買ってきてくれた。

 

南風蕃山が消えた?

予ねてより蕃山の谷澄川を遡りたいと思っていたが永年

行き倦んでいた。

最大の原因はこの沢は熊の巣窟だと思っていたからだ。

だが今の時期は熊は出て居ないと思い行ってみた。

思ったよりも松倉沢の様に深い谷では無く源流近くで巡回路

の稜線に藪を漕いで出た。

天気が良く蔵王の全貌が見渡せ青麻山の奥に見えるのは吾妻連峰

だろうか。

萱が崎山を通り南風蕃山への稜線に入ろうと思い入り口に在った

看板が無いのに気付いた。

南風蕃山の頂上に着いたが頂上に在った看板も無くなっていた。

Wコースを降りようとしたがやはり指導標が無い。

僕は数回利用しているので難なく行けたが初めての人は面食らう

に違いない。

途中の赤いステッカーも全て無くなっていた。

南風蕃山に付いては名前の由来等がネットで批判されていたが誰か

反対する人達が撤去したに違いない。

その徹底ぶりが少し異常だ。

南風蕃山から降りWコースを外れ地図には載っていない300m峰に

登りそこから一気に松倉に降りた。

途中動物のフンが有りレンズで調べたら狸の糞だった。

萩原珈琲が来店

毎年萩原珈琲の社長か営業の人が来店します。

地方の店と接触する機会が少ないので3代前の社長から

実践しています。

今回は原発被害の近くの冨岡町に新たに出来るワイナリーのコーヒー

部門に納入するコーヒー豆の挨拶に来たそうでその帰りに仙台に

寄ってくれました。

今回来た営業の人は神戸に住むインドのバンスリ奏者中川氏の知り合い

で繋がりに驚きました。

ニルギリ峰

ネパール、ヒマラヤ中部に7,061mのニルギリが聳えている。

先日未踏の西陵から登る日本人の二人の登山家のテレビがやっていた。

エベレストを始め8,000m峰は沢山の登山家が登っているがニルギリは

交通の便が良いのに関わらず僅か5組しか登っていないのに驚いた。

若い頃偶々通り掛かったタトパ二という小さな宿場町のトレッカー相手

の小さな宿で3週間程番頭みたいな事をしていた事がある。

当時は電気や車が有るネパールの第二の町ポカラまで3,000m近い峠を越え

3日間歩かなくては辿り着けなかった場所だった。

この村はダウラギリとアンナプルナという8,000mに挟まれた世界で一番

深い渓谷に面している。

その深い渓谷の奥に雪を被った鋭いニルギリだけが聳えていてそれを毎日

眺めて暮らしていたのでニルギリと聞くと感慨深い。

 

 

 

田向氏の奥さんが来店

昨年学生の頃の客で青森在の田向氏が急逝しました。

親しかった黒沢さん達が当店でお別れ会をした。

昨日突然田向氏の奥さんが来店した。

生前彼から当店の事を聞いていたので仙台に来る用事が

有るのを契機に駆けつけてくれました。

現在彼の後を継いで奥さんが社長をしています。