サンモールを南に歩いていたらクバーノ<キューバのサンドイッチ>を
出している店を見つけキューバの旅を懐かしく入ってみた。
ピザやパスタを出すイタリア料理の店だ。
店名は「カオカオ」だ。
手軽に食べられるリーゾナブルな店です。
サンモールを南に歩いていたらクバーノ<キューバのサンドイッチ>を
出している店を見つけキューバの旅を懐かしく入ってみた。
ピザやパスタを出すイタリア料理の店だ。
店名は「カオカオ」だ。
手軽に食べられるリーゾナブルな店です。
今スーダンから日本人が多数退避しているが未だ20人程残っているらしい。
多分スーダンに滞在していると思われる毎月スーダンに行っている客の赤座
さんや雑誌「スーダンスキ」の編集をしたうざわさんは大丈夫だろうか。
スーダン人の親切さは強大なのでもし残っても大丈夫だと思うが。
当店の裏の大町通に面した所に上海料理「海麟」が在る。
安くて美味しく地域の人たちのたまり場でもある。
ここの団子は美味だ。
店主は徐さんで先週食べに行った時来年に閉店すると告げられた。
永く懇意にしていたので残念だが元気な内に辞めれて良かった
のだろう。
細谷さんがエジプト、ギリシャ、北マケドニア、アルバニアを1カ月のんびり
旅行して今日来店した。
スーダン行きも勧めていたが内戦になっていて行かなくて良かった。
この旅行で北マケドニア通貨デナルを両替出来なくて1,500円相当分
持って来た。
誰か北マケドニアに行かれる方に渡したいとの事なのでそちら方面に
行く予定の方は連絡下さい。
中近東の通貨でディナールと呼ばれるのが多いがデナルもそうなのだろう。
中国人の留学生で国際政治を専攻している修士の学生が来店。
率直な表現をする青年で好感が持てた。
日本人の青年でこのようなタイプが少ないのは何故なのだろう。
その研究対象がアフリカのアンゴラだ。
アンゴラは豊富な資源を持っている為に常に大国に翻弄されて来た歴史
が有りそれを研究している。
モザンビークも興味が有るそうだ。
両方共ポルトガルの植民地なのも理由が有るのだろう。
彼の出身地は西安だ。
西安と云えば秦の始皇帝だが未だ墓が発見されて無い。
思いつくだけでも墓が発見されてない歴史上の有名人はクレオパトラや
チンギス・ハーンが居て色んな人が今も探している。
クレオパトラはエジプトのアレキサンドリア郊外に在ると日本人も探
していている。
チンギス・ハーンも日本人が探していてかなりいい所まで迫っている
らしい。
日本では卑弥呼の墓はどうだろうか?
先程菊地おば様が3種類の芝桜を持って来てくれました。
白、淡いピンク、紅色の3種類です。
早速外の階段に置きました。
千佳ちゃんが四国に行きお土産の日本酒とマグロのアテを買ってきた。
21日の金曜の夜に開けようと思うので時間が許す方はいらして下さい。
MHKでアンナプルナ一周の番組をやっていた。
マルシャンデイ川を標高800mの亜熱帯地方から3400mまで只管
5日間掛けてマナンの町まで以前歩いた事が有る。
ジャングルから氷河が望む所までを歩く楽しいトレッキングだった。
それがテレビを観たら何とマナンまで車で行っていた。
又トロンパスを越えたムクチナートからポカラまでも車で行っている。
その間が楽しい所なのにと突っ込みを入れたくなる。
マナンはポカラから見て丁度アンナプルナの裏側に当たる標高3400m
に在るかなり大きな集落で人口も2000人程居そうだ。
これより上には殆ど集落が無い。
目の前にはアンナプルナの氷河が望まれ町の周りにはピンク色の蕎麦畑が
拡がっている。
この町に外国人が初めて訪れたのは1949年と謂われている。
初めて訪れたのはイギリス人なのだがその時マナン人はカメラでこの珍客を
撮ったという。
日本からも其のころ川喜多探検隊が訪れた事が有りそれを記した「ネパール王国探検記」
は家に有ったので子供の頃から夢を膨らませていた。
又マナンは政治的に微妙な位置に在ったのでネパール政府から優遇されていて
海外に商売に行けた。
バンコクで銀細工の卸の店に行くとマナン出身のネパール人が経営していたりして
驚かされる。
未確認生物ハンターの金成氏が以前中国の奥地に野人を
探しに行った事がある。
野人に手応えを感じた様だがその後モンゴリアンデスワーム探し
に嵌った。
メディアテークで目に留まったので借りてきた。
今日メディアテークから兼ねてから読みたかった「山でクマに会う方法」
を借りて来た。
これで山で熊との素敵な出会いが待ってます。
著者はフリーの熊研究者という強者だ。