オックスフォード大学教授来店

ここ10日間程毎日の様に夕方頃来店しパソコンで作業していた中年の男性が居た。

精悍でいかにも仕事が出来る風情だった。

彼が仙台最後の夜たまたま客が居ない時話をする機会を持った。

彼が話す数奇な人生に驚かされた。

東京の日本橋出身の彼は中学出た後、東南アジアでホームレスをしてその後

ニュージーランドに行きマオリ族と棲み山を歩く様になりスイスとニュージーランド

を往復する様になりその後アメリカに亘り士官学校をトップで出てロシアとアメリカ

の交換生としてモスクワに滞在するといった驚く様な履歴だった。

その時来店した黒沢氏は世の中には飛びぬけた人がいるもんだと云った。

彼の名は小西しょうでオックスフォード大学の日本研究所所長をしている。

彼の研究対象は「認識論、美学、トランスナショナルな感情の歴史、アナーキストの自然科学の歴史(特に地理学、発生学、昆虫学)とアナキスト民族学。そして19世紀と20世紀の非帝国的な出会いのトランスナショナルなインテレクチュアル・ヒストリー。人間の知識生産における言語の位置。」

広瀬川河原の謎の階段が判明

千佳ちゃんが緑彩館近くに謎の階段が有ると話した。

不思議な事に階段を上り詰めた先は石垣にぶつかり行き止まり

になっている。

この謎が解けたと千佳ちゃんが来店。

階段を登り詰めた先の石垣に「へそ岩」と呼ばれる加工痕だろうと云われる

岩が有りそれを近くで見るための階段だそうだ。

歌人、榊原氏朝日新聞に載る

朝日新聞の言葉季評の欄に彼が以前日経花壇に載せた短歌が引用された。

句は「ユニクロへ買いに行くからユニクロのシャツは着れない無印を着る」。

評には他人は誰も気にしないような微差のために着替える。

と評者は妙な可笑しさを感じたらしい。

近藤亨さん

今「ヒマラヤトレッキング紀行」の本を読んでいる。

彼女がジョンソン街道でマルファの近くで果物や野菜の指導

をしている近藤氏に会った話を書いている。

その彼は1976年から継続していると記していた。

僕が初めてジョンソン街道のトレッキングに行ったのは1976年

でその時マルファの近くでりんご栽培をしている日本人が居ると聞いた。

彼が近藤氏だったのだ。

あの荒涼とした土地で良く果物が育つと思っていた。

その数年後ジョンソン街道に行ったらりんごを売っていたので驚いた事が有る。

この本を読むとマルファだけではなく標高3000mを越えるムスタン地方まで栽培地

を増やしているそうだ。

果物や野菜の種類も多種に亘っている様だ。